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RBAプラザ

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第三企画は、NPO 法人RBA インターナショナルともども、不動産業界の繁栄と発展と相互親睦のために、日々の業務・活動に全力投球してまいりました。そのひとつの表れが日本不動産野球連盟RBA 野球大会の開催であり、またRBA 女子会の開催でもあります。今般ご案内します「RBA プラザ」も、この延長線上にある取り組みでございます。
 
いよいよ平成27年♪月♪日、『RBA プラザ』が、新宿アイランドの1階に開設する運びとなりましたので、ここにご案内申し上げます。
 
『RBA プラザ』は、お客様にマッサージ・ビューティートレーニング・フラワーアレンジメント・ネイル・英会話等、仕事・暮らしを豊かにする様々なサービスをご用意します。あわせて、セルビアコーヒーに親しんでいただける憩の場所としても、ご活用いただけるものと存じます。
 
 
 

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チャリティプラザ

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執着とは
ある物事に強く心が引かれる事
一つのことに心をとらわれて、そこから離れない事

集中とは
一ヶ所に集めること
また、一ヶ所に集まること

人の振る舞いを
見た目では見分けることは難しい
一見どちらも同じに見えてしまう

しかし行き先には全く違うものが用意されている
執着の行為からは、ねずみの回し車が待っている
集中の行為からは、目的達成の感動が待っている

この両者を分かつものは
その姿勢を見切る勇気である
そして勇気とは「初心忘るべからず」

もうひとつは選択行為
用いるのか、用いないか
今必要なのか、そのうち必要か

さて貴方の日々は、執着する日々ですか?
それとも、集中する日々ですか?

答えは、自分の部屋を見れば見つかります

ある出来事を、
   ある人は10と言い
   ある人は12と言う
   ある人は8と言う

世間には、普通という言葉があり
   楽観という言葉があり
   悲観という言葉もある

その場合、往々にして
一番多く指示されているものが普通と言われる
ゆえに、ある出来事は10が普通と認識される

すると自動的に、
12は楽観的となり、8は悲観的となる
もちろん真実は度外視しての事である

そもそも
能天気と楽観は別物である
悲観的と慎重も別物である

しかしどうしても
見た目が同じに見えるから
多くの人が混同してしまう

だから僕はこうするのです
すべての出来事を8(慎重)と捉え
現実的に12(楽観)の立場で動くのです


話し合って、意見が一致する人もいれば
ずっと平行線をたどる人たちもいる
さて、この原因を突き止めてみよう

多くの話し合いは
状況、出来事をきっかけに始まる

意見が一致しない場合は
確実に二つの見方が独立する
永遠に交わらない見方である

その見方を分かつものは
対象となる現実解釈の仕方
その相違が、決定打となる

その一つは、自分中心の見方
現実を自分の感覚で解釈する人
良かった、仕方ない等の感情で判断する人

もう一つは、現実中心の見方
現実を特定の立場にとらわれないで解釈する人
感情を入れず、事実をありのままに判断する人

自分中心の人の意見は、特定の人物にしか通用しないが
現実中心の人の意見は、誰もが納得し、誰にも通用する
困ったことに、感覚中心の人程自分が正しいと行動する

さて貴方は、どっちの人でしょう?
決裂している事に気づいてない人ではないですよね?

論語に「言必信 行必果」がある
「言うことは、必ず偽りなく
行うことは、必ず果たす」の意

耳の痛い人もいるだろう
言うこと偽り、開き直り
行うこと果たさず、言い訳る

この国の大臣ですらそうである
未来の使者に合わせる顔がない
どこでも子供は大人を見て育つ

古典を左手に胸を張り
「言うは易し 行い難し」と教え
「言行一致」こそ成人への道と諭す

子どもにとって大切なもの
それは、文字としての証拠ではなく
見習える手本である

その通りやってみて
どうなるかの証である
まさに「論より証拠」

平成24年、責任ある大人として
「言必信 行必果」の日々を!
25年をステップの年とする為に

2012.1

今も生きる幼い頃の記憶
『少年よ大志を抱け』
誰もが口にできる

この言葉には続きがある
それを語る人に今も会えてない
必要とされてないから?

時に人は自分の都合を優先する
だからといって、都合の鵜呑みはいけない
誰人も人生は自分で切り開くものだから

これは個人、団体問わず
必要と信じる
だから私は今も自らに言い聞かせている

『少年よ大志を抱け
お金の為でなく
私欲の為でもない。
名声という虚しいものの為でもない。
人としてあるべき道をまっとうする為に
大志を抱け!』


そして私は、今日も『大志』に生きる!

2012.2

私達が暮らす世は、人間関係で成り立っている
それは仕事関係にあらわれ
   利害関係に集約される

そしてそれは
人の口から発せられた言葉で織り成す人間模様
その時々のその人の言葉そのものが人間模様

私達の使う言葉には大きな特徴がある
『言った人は忘れ、聞いた人は忘れない』
故に、「辻褄が合わない」と思うのは他人

判断するその時、人は今を優先する
それは『過去を捨て、未来を消し去る』こと
だからこそ判断する時は今の言葉を鵜呑みにしてはいけない

他の人がその人の言葉を再生している
『過去を生かし、未来をなぞる』作業をしている

その時炙り出されるもの、それは「過去と今の食い違い」
            そして「未来に繋がらない今」

この作業を怠ると今スッキリ、先でガッカリ
まさに、「行きはよいよい帰りは怖い」

そう!
言葉の積み重ねこそ自分の人生

2012.3・4

新年度が始まって1ヶ月
心機一転を誓って30日
さて、何人の人が「初心」を覚えている?

お正月で決意し
4月で再び決意し
そして5月の連休

連休にうつつを抜かす人
日常の出来事に流される人
弱い自分に負け安逸に浸る人

正月・新年度の雰囲気に乗せられての決意は
まだ見ぬ明日に「夢と欲望」を委ねる決意
ならば今、「破れ・ほころび・忘れている」

結果の出る「決意」とは
単に、とるべき行動や態度を決めるのではなく
過去を振り返る「反省」から始める意志

だから、結果を出す人の「反省」は
「省」を「かえりみる」と読まず
よくないものを、「はぶく」と読む

ゆえに、結果を出す人の「決意」は
はぶいた箇所を補う為の具体的行為となる
出来たか、出来なかったかが明確になる行為

さて、貴方の「決意」は大丈夫ですか?

2012.5

何もされなければ
じっとしているか
行きたいところに行く

しかし、右に引けば右に
    左に引けば左に
言った通りに動いてくれる

だから、田畑を耕すことができる
そんな光景を目にしなくなった現代

しかしそれは、機嫌の良い時に限る話である
機嫌が悪ければ、うんともすんとも反応してくれない
常日頃のコミュニケーションが能率のバロメーター

そんな今は、引くことなく
用意されたボタンを押すか
スイッチをひねるだけで用は足りる

正確に、忠実に、例外なく
いらぬ気使いは必要ないが
故障した時の修理手配は必要となる

そんな人間社会だから、こんな言葉が目に止まる
『進んでするのは、上の上
真似てするのは、中の中
言われてするのは、下の下
言われてもしないのは、人間失格』


2012.6
 

「当然」の当て字
「当前」を訓読みにして生まれた言葉
意味は、そうあるべきこと。そうすべきこと

誰が考えても
そうあるべきであるさま
そうすべきこと

そうであるはずなのに
誰が見てもそうなっていない現実
普通でないことが普通に起こっている現実

挨拶においても・・・
仕事する姿勢においても・・・
親孝行においても・・・

今や、普通のことって・・・
ありふれていることって・・・
ありきたりなことって・・・

そんな私達の社会においては
当たり前のことは何千年も前から変わっていない
だから当たり前が問題とされている

そんな理解されていない「当たり前」とは
知っていることでなく
私達が「やらなければならない基準」ということ

貴方の当たり前、大丈夫ですか?

2012.7

自分って、二人いること知っていますか?
それとも、一人しかいないと思っていますか?
いままで考えたことありますか?

結論から言います
自分は、二人いるのです
その一人は、今そんな事はないと言っている貴方

そして、もう一人の自分は
貴方が遠くの昔に忘れてきてしまった自分
ご両親から授かったこの世に一人しかいない自分

その自分とは
時あるごとに顔を出しては消えて行く
「こんなはずではない」と、「思う」自分

この、事ある毎に瞬間に顔を出してくる「思い」
と、その後に決まって顔を出してくる「思い」
この二つの「思い」に見覚えがありませんか?

きっとあるでしょう!

この「思い」こそ、まぎれもない自分の正体
一人が否定すれば、一人は反省する
一人が賛成すれば、一人は迷いだす

この二人がいることを先ずは認めよう
そして、時に冷静に一人ずつを認めてあげよう
「相手を知り、自分を知れば百戦危うからず」
だから・・・。

2012.8

 

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