好奇心と感動を胸に〈1〉
目が開いている間は歩み続ける
一本の道を自然に容認されるまで
思うに希望とは、もともとあるものとも言えぬし、ないものとも言えない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。
魯迅「故郷」竹内好訳
四月は新入生新社会人が誕生する。桜は満開で(今年はもう散り始めてしまったが)世の中全てが自分を祝福してくれているように感じ、希望に胸をふくらます。今年の新社会人は約85万人という。押しなべてダークスーツに身をつつみ、新しい環境に身構えるかのように顔つきも引き締まった若者が街角にあふれる季節である。自分の将来はどうなるか、不安と期待が交錯するものの、夢は大きく、瞳は輝いている。しかしである。この新社会人が一年もしないうちに、ほんの数ヵ月のうちに「旧」社会人に吸収されていく。新しい環境に慣れてくるのとあわせて心と身体の緊張感が消えていく。なぜか?人は、二本の道のどちらを選ぶかで、その人の人生が決まる。これまで歩んできた一本の道が二本に分かれる時がくる。一本の道は「簡単で楽な道」、そしてもう一本の道は「厳しく苦しい道」である。熱き想いで自らの人生を捉え明確な目的を抱けていれば、目的に向かう明らかな道が見えてくる。私は、27年前に一本の道を歩きはじめた。これまで、自分の想いを書き散らし、書き溜めている。ここにちょうど10年前のエッセーがある。まだ若造だと言われつつも、新卒を大量に採用して10年近くたったときのものだ。
『目的地に行き着くまではこの歩みは止めない 誰に何といわれようと苦しくて嫌になろうと断じて歩みは止めない! 目が開いている間は歩み続ける 僕が選んだ一本の道だもの この道を歩くことが僕が僕であることの証明となるから 僕の先を歩く人がいるから 僕の後を歩いてくる人がいるから 瞬時たりとも歩みを止めることは出来ない 僕の歩みは周りにいる人の歩みだから 周りの人の歩みは、僕の歩みとなるから そして地球に住む生き物達の歩みとなっているから…この地球に息づく無数の生き物の歩みが僕を支えてくれている 僕を生かしてくれている 人間が自然に優しくではなく自然が人間に優しくしてくれている だから、僕は平和への一本の道を歩むことが出来る…この一本の道を与えてくれた自然に感謝しながら人間というこの命を与えてくれた自然に感謝しながら自然界から容認されている一本の道を自然と共に歩まん 人間の道という一本の道を自然に容認されるまで歩まん』(ヒューマンブックスVOl・2、1997年 9月)
「この10年間、お前は成長がないではないかといわれそうだが、目的としたものに向かって歩む姿勢が変わらないからこそ今でも自分自身は「新」社会人の緊張感を持ちつづけていられると胸を張れる。今回からこのコラムのタイトルを「道」としたゆえんである。