えきでんコラム 「想」 - 家族・住まい・街 -

 

新ビジネスの展開期待

住生活の全てを視野に
法政大学社会学部教授  長谷部 俊治 氏


不動産流通は生活スタイルの転機と重なって発生することが多い。「住む」ことは人生のスタイルを築いていくことであるが、そのスタイルの転機(就職、結婚、転職など)と住宅の購入・賃貸とが重なるのである。つまり、住宅取引の満足感は、モノとしての住宅の良否だけではなく、コトとしての住生活の充足感によって大きく左右される。そしてその充足感は、個々人の価値観や生活歴、人生への期待や人間性によりまちまちなのである。


ところが、住生活の視点から住宅を評価するようなしくみは極めて不十分である。ライフスタイルにあわせて住宅を選択しようとすれば、情報の少なさ、選択の幅の狭さ、居住性と無関係に決められる価格水準等々の困難に直面する。あるいは、一つ一つ違うはずの住宅が実は画一的に供給されている。郊外のひな壇に並ぶ戸建住宅、私鉄駅近辺の低層賃貸住宅、都心の超高層マンションなどと分類して大きな誤りがないように、供給される住宅はワンパターンである。選択の余地がないのだ。特に、ファミリー向けの賃貸住宅ストックは貧弱であり、手軽に住み替えていく選択を難しくしている。このような情況にあるのは、住宅が資産として捉えられ、居住の場として尊重されるような文化が育っていないからであろう。人生を築く上で「住む」ことがいかに重要かが理解されていないのである。教育も福祉も、居住の問題抜きには考えられないにもかかわらず、である。


しかし、十年以上にわたる経済停滞を経験して、人々は、土地を所有することが豊かな生活を保障するわけではないことや、生活スタイルは自らが選択し、築くほかないことを確信するに至った。いまやニーズは、住宅というモノではなく、住生活というコトを豊かなものにする方向へとシフトしつつあると思われる。住生活サービスへのニーズが高まっているのである。
「住む」ことは、雨露をしのぐことから、家庭を営み生活の拠点性を維持することまで、生活のあらゆる局面を包含する。住宅は、衣・食・睡眠、労働(特に家事)、育児・教育、余暇・安らぎ、医療・介護、社交など幅広い活動の場となっている。だから、住生活サービスを提供するには、生活を丸ごと捉えるセンスを必要とする。そのようなセンスを磨いて、住生活の必要に応えるためのサービス技術を向上させ、生活全体を視野に入れたビジネスを展開することは、これからの社会を真に豊かなものにするうえで欠かせない仕事である。不動産流通業に、是非、その役割を担って欲しい。
 

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  • 引用: RBAタイムズ 2010.09 310号