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海・山・地の神の怒りの刃見る思い

千葉市美浜区の液状化被害も甚大


地面が50cm近く沈下し、ビールケースで下りられるようにしている稲毛高浜南団地の1階部分

 

 東北地方の最低温度が氷点下となり、東京でも小雨が降った22日、千葉市美浜区の液状化を取材した。地元住民の的確なアドバイスのお蔭でしっかり取材できたという高揚感と、同じぐらい深い自然に対する畏怖を感じた1日だった。

 高揚感とは、大量に吹き上げられた土砂の中からきらりと光るダイヤモンドを掘り起こしたような、液状化の原因と解決策を探る糸口を地元居住者から見出したという気持ちの高ぶりだ。そして、畏怖とは、山容が変わるぐらい山を切り崩し、海を埋め、そのえぐられた土地に産廃を廃棄することの一石二鳥と思える妙案≠ノ対する海と山と地の神の「そう甘くはないぞ」という怒りの刃を突きつけられたという気持ちだ。


ある公共施設のフェンスのブロックがはがれ、内部がのぞいていた

◇     ◆     ◇

 千葉市美浜区の取材のきっかけを与えてくれたのは1本の電話だった。記者が書いた新浦安の液状化の記事を読んだ「元学者」から「感動した。是非お会いしたい」との電話が入ったことを知らされた。メモには名前と電話番号が書かれていた。市外局番は「043」だった。記者が住む多摩市は「042」だから、隣の八王子市の人かと思った。お褒めの言葉を頂いたのは嬉しいが、たいした被害を受けていない人から聞くことなどないと正直思った。

 しかし、せっかく電話してくれたのだからと電話した。その方は八王子ではなく、千葉市美浜区高浜に住んでいる人だった。「新聞社にも電話したが、全然取材してくれない。ここも浦安と同様の被害を受けている」と憤っていた。社内にいても、どうせコピー&ペーストの記事しか書けないと思った記者は、まずこの方に会おうと出かけた。京葉線稲毛海岸駅から徒歩十数分だという。

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 稲毛海岸駅を降りたが、新浦安とは異なり液状化の痕跡は全くなかった。その人の自宅までの十数分間の高浜5丁目、6丁目も同じだ。地震も液状化も形跡は全然なかった。記者は一杯食わされたと思った。記者も同類だが、「くそじじい」と悪態をついた。

 その人の自宅に着き、早速リビングに案内された。学者であることはすぐに分かったし、ものの数分もするうちに「只者」でないことが分かった。本人の希望で「元大学教授(74)」とすることを約束したので、名前を明かせないのが残念だが、液状化の取材には最適の人だった。約1時間、しっかりと話を聞いた。

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 最初に取材したのは、高浜6丁目に「海浜松風通り」の道路一つ隔てて隣接する高浜3丁目の「稲毛高浜南団地」だった。すぐに液状化の被害が分かった。建物は真っ直ぐ建っていたが、驚いたのは地盤沈下の凄まじさだ。 1階住戸から専用庭に下りる鉄製の階段があるのだが、何とその階段が写真の通り地面から50p近くも浮き上がっていた。7棟の住棟を見たが、全て同じたった。

 ある1階の入居者に聞いた。「揺れは半端じゃなかった。怖くてすぐ飛び出し、庭の木につかまったが、あまりにも細いのに気がつき、庭の外のユーカリの木にしがみつきました。建物がグラグラ揺れていました」「(外に飛び出すほうが危険ですよ)建築されたのは1980年(旧耐震か)。建物は古いけど、40mぐらいの杭が入っているから大丈夫とは言われていましたが、 1 階だったので怖くて…」とそのときの恐怖を語った。6日間断水したという。

 新浦安でも「海にもっとも近いところはほとんど液状化の被害を受けていない」という声を聞いたが、道路一つ隔てただけで天と地ほどの差が出るのは大きな謎だ。

   
稲毛高浜南団地

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 高浜 3丁目からまた高浜 6 丁目に戻り、磯辺2丁目に入った。液状化の被害はそれほど大きくないように見えたが、磯辺3丁目のある一角は、新浦安と同様の被害を受けていた。稲妻のような亀裂が入っているところに位置する住宅は右に傾き左に傾いていた。住民によると、町内の十数軒の家が傾いているとのことだった。

 大きな被害を受けた住民は、「うちは3度ぐらい、隣りは2度、対面の住宅は5度傾いている。家の中にいるとめまいがする。車はボンネットまで泥水に浸かったから、もう動かない」と語った。

 磯辺7丁目も大きな打撃を受けていた。一見、何もなさそうに建物は建っているが、よく見ると間違いなく傾いていた。右の建物が傾いているのか、それとも左の建物が傾いているのか、あるいは両方なのか。眺めていると何が真っ直ぐなのか分からなくなってくる。

 
磯辺3丁目で

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 磯辺7丁目から花見川にかかっている磯辺橋を渡り、「幕張ベイタウン」に入った。2時過ぎに高浜3丁目の取材に入ってから、3時間が経過していた。ここも液状化の被害を受けており、道路の敷石がはがれ、マンホールは浮き上がり、交通公園は閉園されていた。パティオスのマンションの被害はほとんどなさそうだったが、エントランス部分では段差が生じ、タイルも剥脱していた。

 
雨で泥田と化した道路                    多くの住宅が傾いていた(いずれも磯辺7丁目) 

 街区ごとで大きな被害を受けたり全く受けなかったりしたのか、その謎は結局解けなかったが、ヒントのような手がかりは得たように感じた。新浦安も同様だが、「想像を絶する天災」と片付けるわけには行かないと率直に思った。専門家の研究を待ちたい。

この巨大地震でも口をつぐむ人とマスコミ報道(3/23)

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(牧田 司 記者 2011年3月23日)