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岡本軍八氏に久しぶりにお会いして(3月3日)
 

 7年ぶりに岡本軍八氏(65)にお会いした。ご存知の方も多いと多いと思うが、岡本氏は、かつて興和物産の専務として数々の優れた戸建て・マンションを分譲された方だ。

 主だったプロジェクトといえば、「鶴巻ガーデンシティ」(696戸)、「佐鳴湖パークタウン」(529戸)、「ウッドパーク」( 413戸)、「ウッドパーク神崎」(600戸)、「ウッドパーク金沢文庫」(300戸)など。いずれも昭和60年代からバブル発生までの物件で、そのランドスケープデザイン、商品企画が業界でも話題になった。バブル崩壊後では、あの故・上原謙氏が経営していた茅ヶ崎のホテル跡地のマンション「パシフィックガーデン茅ヶ崎」(167戸)や、茨城県・利根町の「ウッドパーク四季の丘利根」(724戸)を手がけている。いずれも素晴らしい物件だった。

 ところが、平成11年、負債総額950億円を抱えて同社は倒産。倒産の主因は同社の経営難というよりも銀行の内紛(メインバンクは協和銀行と埼玉銀行が合併してできたあさひ銀行)と当時噂された。同社は、一貫して良好な街づくりを行ってきたデベロッパーであり、いわゆる放漫経営をしたわけではなく、業界からも同情の声が集まった。

 会社倒産後、岡本氏はオーストラリア・シドニーに渡り、現地の設計会社とデベロッパーの嘱託として住宅開発研究を4年間行ってきた。2年前に帰国、株式会社ハチハウスを設立し、現在にいたる。

 
岡本軍八氏

 「4年間で浦島太郎になっちゃった。本当に毎日遊びほうけていた」と語る岡本氏。今でもシドニーには1年の3分の1ぐらいは行くそうだが、「日本にいるとストレスがたまるからでしょう。向こうに行くと、現地の人からは顔つきが厳しくなったと言われる。逆に、日本に帰ってくると、女房などは顔つきが穏やかになったと言う」。

 今後は、4年間で培ったノウハウと、わが国の都市計画の権威・泉耿介氏、シドニーで建築の仕事に携わっている建築家・池田政明氏、アメリカの設計会社の副社長を務めるヒロ木下氏らブレインを迎え、良好な街づくりの仕事を積極的に手がけていくという。

 

 岡本氏は、街づくりのヒントを次のように語る。

 「われわれの行ってきた街づくりは自己批判しなきゃいけないところもある。30年間、右肩上がりの環境の中で仕事を行ってきたが、今は時代が異なる。シドニーでは事業のスポンサーがどんどん変っていく。その時々のリスクも当然変ってくる。短期で回転できるビジネスモデルが必要だ。

 住宅についても、わが国と外国の考え方が根本的に異なっている。わが国は、家族の団欒のために家を買うが、投資額が大きすぎる。向こうは、パブリックゾーンとプライベートゾーンを完全に分離して、パブリックの部分は友人やビジネス用に用いる。コミュニケーションの向上やビジネスチャンスの場に住宅がなっている。働く住宅≠ノなっている。ところが、わが国は、PP分離がされていないから、散らかっていてお客さんを呼ぶのが恥ずかしいとか、狭いとか、投資額に見合う働き≠していない。

 オープンキッチンがわが国でも流行っているが、本来の目的は材料を買ってきて、お客さんと一緒に料理を造りながら楽しむことにある。そうしたほうが、楽しく、また経済的だ。これからは、そうした視点の住宅、街づくりを提案していきたい」

 岡本氏が提案した街や住宅が再びわが国で見られるのが楽しみだ。

(牧田 司記者 3月3日)