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読まない書かない売らない

週刊誌の「分譲か賃貸か」の類の特集記事


「週刊ポスト」(3月2日号)の記事

一般サラリーマンには「分譲か賃貸か」の選択肢などない

 2月26日の朝だった。ヤフートピックスの見出しに吸いつけられた。「家を買う8つの理由を論破 ? 」とあったからだ。早速、記事を読んだ。記事は「家を買う8つの理由」を『自宅を買うな』著者がすべて論破」という見出しコピーで始まり、「 … そこで、今回は『持ち家』と『賃貸』ではどちらが得なのか。あらためて検証してみたい」とし、あるコンサルタント氏の意見を紹介している。それによると、持ち家派が「買う理由」に挙げる代表的な意見は、@家賃を払っても賃貸住宅は自分のものにならないA年をとると収入が減るが、自宅ならお金がかからないから安心B年をとると賃貸住宅が見つけにくいC金利が低く不動産価格が下がっている今が買い時だと思うD何かあった時に売却してお金にできるE自宅の方が設備もいいし、自由にリフォームできるF賃貸住宅は世間体が悪いG自宅を持っている方が一人前に見える−−の8つとし、一つひとつ「論駁」したというのだ。「週刊ポスト」の記事の3月2日号の紹介だった。

 「持ち家か借家か」は、週刊誌がよく取り上げるテーマで、記者はこの種の記事はばかばかしくてほとんど読まないが、見出しが気になり、この種の記事を「読まない、書かない、売らない」ための反論記事を書くため買おうと決めた。

 ところが、月曜日の店頭には売っていなかった。すでに次号が発売されており、バックナンバーは回収されていた。オフィス近くの図書館には蔵書リストになく、渋谷区の図書館に聞いたら「バックナンバーは人気があって、すでに5人の方の予約が入っている」とのことだった。やむなく、神保町にある発売元の小学館に買いに行った。しかし、同社も本社では販売していなかった。何とか頼み込んで400円で買った。領収書は出なかった。

 記者は、若いころ同誌をよく読んだ。憂さを晴らしてくれる政治記事もあり、「袋とじ」も読んだというよりよく見た。しかし、最近、少なくとも20数年間は買った覚えも読んだ覚えもない。料金の400円は会社の経費として請求しようと思っていたが、領収書がなければ自腹を切るしかない。タバコ代と思えば安いものだが、なんとも癪だ。

 記事はものの数分で読んでしまった。冒頭のグラビアは意地でも読んでやるかと思い、読まなかったというより見なかった。「袋とじ」はなかったが、同社によると最近は少ないそうだ。

◇    ◆    ◇

 記事全体は4ページだが、羊頭狗肉とはこのことだ。同誌の記事には真新しいものは何もない。コンサルタント氏の主張も、「買いたい理由を反駁した」ものとはとても思えない。他の内容もマクロデータや不動産コンサルタントなどのコメントの寄せ集めだ。

 最後のまとめでは、家賃16万円の賃貸住宅に35年間住み続けた場合の支払い総額約7,500万円と、4,000万円のマンションに3,200万円の住宅ローンを組んで35年間住み続けた場合の総費用約7,600万円を比べ、「さほど大きな差はないともいえる」としている。つまり、同誌も結論として、コンサルタント氏の「論駁」に否定的な見解を取っているようだ。記者は4,000万円のマンションが35年後にはどれぐらいの評価になるか聞きたいのだが触れていないし、「所有すること」と「借りること」の意識、社会的評価などについてもコメントしていない。分譲より圧倒的に低い賃貸の基本性能・設備仕様についても一切触れていない。

 記事には次のような記述もある。ある不動産コンサルタントは、住宅を購入して売却するまでにかかった累計コストを計算して、それを居住期間で割れば、その間に借りていたとみなした場合の実質的な家賃に相当する「実質家賃」が重要な尺度とし、「新築で5%、中古で6%という利回りが得られるかどうか」という数値を示し、「仮に(賃貸の家賃が)10万円だとすれは1年間で120万円。これを新築なら5%で割ると2,400万円、中古なら6%で割って2,000万円となる。『この程度の水準であれば、貸しても売ってもよい割安な物件といえます』」と語っている。

 これは少し参考になる。記者もときどきこの指標を考える。実際の市場もそのように動いている側面がある。しかし、これとて怪しいものだ。ファミリー賃貸家賃が10万円で、新築のマンションが2,400万円などというエリアは23区内ではほとんどないし、利回りを計算して賃貸か分譲かを選べるほと庶民の現実は甘くない。

 例えが適当かどうか分からないが、この「週刊ポスト」がそうだ。記者は、すぐ読みたいからわざわざ小学館本社まで行って買った。往復で約1時間だ。400円の雑誌を買うのにものすごいコストがかかっている。図書館で借りれば半分以下のコストで済むが、5人も予約待ちの雑誌を読めるようになるまでどれぐらいの日数が必要なのか。この時間のロスも相当なものだ。

 もう一つ紹介しよう。記者はバブル発生前にマンションの購入を決め、手付金まで払った。子どもが成長したためだ。鍵も手渡され、下見もした。ところが、入居を間近に控えたある夜、子どもが夢でも見たか、泣きながら「お父さん、引っ越し嫌だ。友だちと別れたくない」と抱きついてきた。結局、購入を断念した。手付金はもちろん戻らなかった。その後、バブルが発生。マンションはとんでもない値段に跳ね上がった。

 分譲にしろ賃貸にしろ、生きていくためには住まなくてはならない。利回りなど吹っ飛ぶ現実がある。以下にも述べるが、住宅を株の世界と一緒のように見ないでいただきたい。

 中堅マンションデベロッパーが本業をそっちのけにし、「不動産流動化事業」なる怪しげな2〜3%の利回りの世界に飛び込み、ほとんどすべてが破綻したのを、不動産のプロはどう説明するのか。

◇    ◆    ◇

 さて、ここからが本題だ。まず一般の読者の方へ。この種の記事は読まないことだ。マンションや戸建ては金融商品ではない。富裕層などの投資家には「分譲か賃貸か」「新築か中古か」の選択肢はある。損をしようが得をしようが投資家の勝手だ。

 しかし、一般のサラリーマンに、そんな選択肢がどこにあるだろう。住宅を購入するのは、「賃貸家賃が高い」「設備が古い」「面積が狭い」「子供の通学に不便」「転勤・転職」などそれぞれ買わざるを得ない明確な理由があるからだ。価格がどうだろうと金利がどうなろうと、妊娠したら10カ月後には子どもは生まれるし、大人と違い子どもはどんどん成長する。転勤を拒否でもしようものなら「明日から来なくていい」と言われる時代だ。住宅不満によるストレスは爆発寸前の家庭がほとんどではないだろうか。

 記者は、本来は分譲も賃貸も新築も中古もマンションも戸建もすべてが選択肢としてあるのが望ましいとは思っているが、そんな社会はやってきそうもない。だから、間違ってもくだらない記事に飛びつかないことだ。

◇    ◆    ◇

 次に、ライター、ファイナンシャルプランナー、不動産コンサルタント諸氏へ。筆者は(紛らわしいので記者は、以下は筆者とする)この種の取材を何度も受けた。しかし、一部のまじめな記者・ライターを除き、住宅のことなどほとんどなにも知らないのに驚き、取材の意図もわかるので受けないことにした。どうしても取材を受けるときは、 1 時間ぐらいかけてレクチャーをした。マンションの何たるかをきちんと説明した。

 どうか、週刊誌の記者・ライターの方は、この種の記事の執筆依頼があっても断固として拒否してほしい。依頼者は、分譲だろうが賃貸だろうが新築だろうが中古だろうが、住宅なんてどうでもいいと思っているのではないだろうか。要するに売らんがための記事だ。

 住宅分野の記事で生きていこうとするなら、一から住宅について学ぶべきだろう。人の人生を左右する住宅分野ほど面白い分野は他にないだろう。

 ファイナンシャルプランナー、不動産コンサルタントなども同様だ。分譲と賃貸を比べるのも結構だが、そもそも賃貸の基本性能・居住性能・設備仕様は、分譲と比べようもないほど低いのはご存知のはずだ。あたかも分譲と比較できる賃貸が存在するかのような主張はやめていただきたい。国の調査資料などからいくつか例示しよう。

 例えば住宅不満。住宅への不満は分譲でも40%近くあるのだが、賃貸は50%を超える。不満が多い騒音・遮音性、高齢者配慮、防犯性は60%を超える。もちろん広さ、収納、安全性、省エネなどに対する不満も分譲より賃貸のほうが圧倒的に多い。

 ファミリー向け賃貸が少ないのも深刻だ。賃貸居住者世帯で2名以上は602万世帯あるが、50u以上のストックは435万戸で、差し引き168万戸が不足している。民間借家の平均居住面積は44uだ。

 耐震性も極めて深刻だ。106万戸ある旧耐震マンションの対策に国を挙げて大騒ぎしているが、民営賃貸は299万戸のうち旧耐震は実に40%、120万戸に達する。住宅性能表示制度の利用率でも、全体で114万戸のうち賃貸は何と4.3%しかない。

 これが現状だ。机上の計算では可能かもしれないが、「分譲と同等の賃貸」など都心部の高級賃貸を除けばほとんど皆無だろう。現実にないものと比較することにどんな価値があるのか。年収が400万〜500万円台のサラリーマン世帯がどのような賃貸に住んでいるかは推して知るべきだろうし、耐震性や遮音・防犯性に優れたマンションを購入したくとも、年収の5倍マンションは都内では青梅線あたりまで行かないと取得は無理だろう。

◇    ◆    ◇

 最後に、週刊誌各社へ。住宅をテーマにすれば雑誌は売れるのだろうが、安易な「分譲か賃貸か」「今は買い時か」「地価は暴落する」などといった、中身がないのにやたらと扇情的な記事はもうそろそろおしまいにしたらどうか。

 何度もいうが、サラリーマンには分譲か賃貸かの選択肢などないし、金利や価格動向で買うのをためらう余裕などない。住宅を金融商品のように扱うのは即刻やめるべきだ。それよりも、普通のサラリーマンがまじめに働けば、分譲でも賃貸でも将来不安がなく選べるような政策提案や論陣を張るべきではないか。

 この「週刊ポスト」も、くだらない記事を掲載しなくとも読まれるのではないか。筆者は、「分譲か賃貸か」の記事以外はほとんど読んでいないが、女性グラビアの次には安部公房に関するグラビア記事が掲載されていた。そこには筆者も夢中で読んだ「箱男」の表紙の写真が載っていた。


週刊ポスト 3月2日号

(牧田 司記者 2012年2月29日)