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 景観条例にはなぜ市民の権利は盛り込まれないのか

 

 芦屋市が三井不動産レジデンシャルのマンション建築計画について不認可の決定を下してから、すでに 1カ月が経過する。都市景観審議会は非公開だし、いまだに議事録も公開されていない。市民の知る権利はどうなっているのだろうと思い、芦屋市の 「都市景観条例」を読んでみた。条例には以下のように書かれていた。

 第4条(市長の責務) 市長は、この条例の目的を達成するため,景観形成における基本理念と施策方向を示すとともに、施策の実現のための指針となる計画(以下「景観形成基本計画」という。)を策定し、その計画に基づき景観の形成の施策を実施しなければならない。

 第5条(市民の責務) 市民は、景観の形成に寄与するよう努めるとともに、市長が実施する景観の形成に関する施策に協力しなければならない。

 第6条(事業者及び設計者等の責務) 事業者及び設計者等は、景観の形成に寄与するよう努めるとともに、市長その他の行政機関が実施する景観の形成に関する施策に協力しなければならない。

 つまり、市民は「市長が実施する景観の形成に関する施策に協力しなければならない」のだ。その他の条文を読んでも、ほとんどの権限が市長に集中していることが分かる。「市民の権利」などまったく触れられていない。審議会の議事録を公開しなければならないとも書かれていなかった。

 不思議に思ったので、他の自治体の景観条例を見てみたが、どこも似たり寄ったりだった。ヒナ型があり、それを各自治体がコピーしたとしか思えない。抽象的な文言で責務については書かれているが、ほとんどの条例は市民の権利について書かれていない。

 これはどういうことか。 三井不動産レジデンシャルのマンション計画は、行政対同社の問題ではない。広く市民がかかわる問題だ。明日はわが身の問題でもある。審議の内容を市民は知る権利があるはずだ。都市景観のあり方は、行政だけでなく、市民が基本的に決めるものだ。この重要な問題の情報が公開されないのは行政の不作為違法行為ではないのか。

 わが国の憲法には20条にわたって「国民の権利と義務」について触れている。第17条には「何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる」と書かれている。

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 景観条例は、どこも似たり寄ったりだと書いた。他の条例はどうか。わが多摩市の「多摩市街づくり条例」はそうではない。「市民は、市における街づくりに主体的に参画し、実践し、提案する権利を有する」(第 5条1項)と、市民の権利を高らかに謳っている。さらに、「市民は、協働の街づくりを推進するため、権利者相互の立場を尊重し自らその解決に努めなければならない」(同条4項)とも言っている。

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 1月23日に公開して行われた芦屋市の都市景観審議会の議事録が公開されている。これは面白い。以下、紹介する。

 「あと高架道路,高架鉄道,横断歩道橋,こ線橋の部分ですが,高さ5メートルを超えるものという要件をつけておりましたが,事務局内で検討を行う中で,その5メートルがどこからどこまでの高さなのかが非常にわかりにくい。また実際に5メートルを下回る高架の工作物も少ないのではないかと考えられることから,この高さの要件については削除を行うこととしております」
 「鉄筋コンクリートなど,電柱は,15メートル以下のものは適用除外というのは前からだと思うのですが。他の工作物が10メートルなのに,何で電柱だけ15メートルなのかという理由があれば教えてください」
 「電柱は,現在多く用いられているのは,12,3メートルぐらいが多いと思います。ここについては,従来の基準をそのまま継承しています」
 「例えば10メートルに制限すると,かなり既存のものにたくさん不適格が出てくるということになるという考えですか」
 「電柱だけ15メートルでは,装飾塔だとかアンテナだとか,何で芦屋だけ10メートルだと怒られませんか」
 「先ほどの15メートルの話も,14.9ではどうかということになりますから,どこかで線を引くということは必要です」

 工作物の高さ規制について論じているものだが、このほか店舗のアクセントカラーについても論じている。ここまでくるとあ然としてしまう。これは一種のファッショだ。そのうち街行く人々の服装の色や髪の毛まで論じられるのではないだろうか。

 建築物や工作物の高さや形状、色彩までこと細かに規制すれば、その先にあるものは人の生き方にまで踏み込まざるを得ないからだ。少しでも変わった生き方や身なりをすれば、周囲から白い目で見られることになりかねない。

 一方で、芦屋市がケヤキ、クス、その他樹木などの高さの規制をかけていないのは皮肉に映る。第一種低層住居専用地域などにこれら20〜30メートルにもなる樹木を植えると、日照その他、隣家に影響を及ぼすものが少なくない。隣家の樹木によって日照を阻害されたり、落ち葉に悩まされたりするのは結構ストレスの元になると思うが、芦屋市の市民は忍耐強いのかもしれない。

 記者は、良好な景観を形成する要素として樹木はもちろん、山や川など自然の景観が極めて重要だと考えるが、同時にわれわれが生きていく上で欠かせない建築物や工作物も同様に都市景観として受け入れることが必要だと思う。電柱は目障りなものかもしれないが、擬木にすればイメージが異なるし、絵のモチーフとして重要な役割を果たすこともある。

 故丹下健三は「機能的なものが美しいのではない。美しいもののみが機能的である」と語ったそうだ。芦屋市の問題は、都市景観はいかにあるべきかを考えさせてくれる。

(牧田 司 記者 2010年3月16日)