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会社設立3年目のアンビシャスが水曜Bに初参加

「僕が投げます」という瀬戸山氏(右)の傍らで俺がエースだ≠ニいわんばかりの安藤監督。
二人の間で激しい火花が散った

 

監督は元川鉄千葉のエース安藤氏 

 会社設立3年目で早くも年間500戸を超えるマンションを供給するまでに成長したアンビシャス(本社・新宿区西新宿、安倍徹夫社長)が、RBA水曜ブロックへ参戦する。

 同社は、大京専務−扶桑レクセル社長を歴任した安倍氏が平成16年7月に同社を設立。第一次取得層向け中心のマンション分譲事業を展開、昨年は首都圏で約550戸を供給して供給上位社にランクされるまでに成長。社員数は 131 名(平成18年4月1日現在)。安倍社長は、扶桑レクセルが水曜ブロック準優勝したときも社長を務めていた。

突然のヒジ痛で都市対抗出場逃がす 扶桑ではエースとして活躍

 アンビシャスチームの監督を務めるのは同社事業部事業2課課長・安藤俊一氏(39)だ。

 RBA関係者なら記憶に残っている人がいるかも知れない。安藤氏は平成9年に扶桑レクセルに入社。エースとして同社を4強入りに導いた立役者の1人だ。

 安藤氏は、千葉県・印旛高校−東洋大の投手として活躍。平成3年川鉄千葉に入社。エースとして活躍が期待されていたが、都市対抗本戦直前に原因不明のヒジ痛に見舞われた。病院を7カ所も代わり再起を目指したが、結局治らず退社。前述の通り扶桑レクセルに入社。

 「伊藤忠(ハウジング)さんとの対戦だったと思いますが、1、2回は無難に投げられたのですが、そこまででした。肩が抜けた状態になって…」

 それ以降登板することはなかった。そして、今回、アンビシャスの監督として采配を揮う。アンビシャスには会社設立と同時に入社した。

 「メンバーは19人。作新でレギュラーだった選手がいるが、まだ全員集まったこともないので、(戦力を)見てみないと分からない」とはぐらかした。

早実−早大準硬式で活躍 瀬戸山がエース?

 エースとして活躍が期待されているのが、安藤氏と同じ扶桑レクセル出身の営業部部長・瀬戸山泰弘氏(34)だ。早実−早大出で、早実では投手として都大会ベスト8に進出。早大では準硬式の外野手として活躍した。扶桑レクセルには平成9年に入社。染谷氏や向井氏と同期入社だ。

 「扶桑のときは2年間ぐらい投げただけ。そこそこのピッチングだったと思いますが…」

 残念ながら当時の印象は記者には残っていないが、本人は「染谷よりは僕のほうが上。誰もいなければ僕が投げる」と意欲を見せた。扶桑レクセルは定休日が水曜日から火曜日になり出場できなくなったが、染谷投手は決勝Tに導く力の持ち主だった。瀬戸山氏の言葉通りだとベスト8入りするぐらいの力はありそうだ。

 しかし、安藤氏も「もうダメ。怪我をするだけ」と言いながら、エースの座を死守する構えを見せた。「それじゃ、瀬戸山さんがエースとして投げるですね」と聞いたとき、側にいた安藤氏の目がきらりと光った。何ッ、エースは俺だ≠ニいう目だった。安藤氏が投げるシーンもあると見た。

 二人とも年齢はやや高いが、安藤氏は身長185センチ、体重90キロ。瀬戸山氏は181センチ80キロ。同じ球でも砲丸の方が似合いそうな体つきだ。

飛び込み≠ナ足腰鍛えている安藤監督 投手に意欲 

 帰りがけに、安藤氏に「普段、練習はしているんですか」とストレートに聞いた。しかし、返ってきた言葉は変化球だった。「飛び込みをしていますから」と。

 「プールで飛び込みをして野球のトレーニングになるのか」と不思議に思った記者が、飛び込み≠ニはマンション販売の「飛び込み」で足腰を鍛えている意味であることに気がつくまでに数分かかった。

 安藤氏は相当のクセモノだ。チームも要注意、無印にはできないか。

 

(牧田司記者 4月25日)