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奇跡の街<ーカリが丘で昭和30年代の住宅分譲
「サント住宅」のモデルオープンのテープカットを行う堀之内社長(左)と山万・吉本茂樹常務 |
建築家の松浦氏と「生活倉庫」堀之内社長が共同開発 昭和40年代、50年代に開発された首都圏の大型団地は、入居者の高齢化、都心回帰、世帯分離による子どもの転出などで深刻な状況にあるが、山万が昭和46年に開発着手した千葉県「ユーカリが丘」だけは例外だ。開発総面積約245ヘクタール、計画総戸数8400戸という大規模なもので、「自然と都市機能の調和」を掲げ開発を進めてきた。鉄道を敷き、毎月人口ピラミッド調査を行い、それにしたがって住宅供給をコントロール。最近は、産官学民の英知を結集した福祉の街にも力を入れている。商圏は60万人に広がり、進化を続けている奇跡の街≠セ。 このユーカリが丘で、昭和30年代(3=サン、0=ト)の住宅のよさを現代風にアレンジした「サント住宅」の建売住宅を山万が分譲する。建築家の松浦喜則氏(50)と「生活倉庫」社長・堀之内九一郎氏(60)が共同開発したもので、販売に先立って4月14日(土)、報道陣と一般に公開された。 公開された建売住宅は、敷地面積約188平方b、建物面積約98平方bで、価格は4190万円。夫婦2人入居を想定したもので、玄関を入ってすぐに約8畳大のタイル張りの多目的に利用できる土間があり、隣には掘りごたつを備えた茶の間とキッチン、その奥に 6 畳の和室を配置。2階には小屋裏部屋と寝室を設置。松、珪藻土など自然素材を多用、引き戸などユニバーサルデザインにも配慮しているのが特徴だ。 設計を担当する遊建築設計社・松浦社長は、「年間500棟ぐらいは数メーカーなどの住宅設計を行っているが、ずっとこれでいいのかと思いつづけてきた。堀之内さんと話し合って実現した」と語った。 堀之内社長は、「私は、中古品を扱っているが、いいものがたくさんある。最近の若者世代にも理解されるはず」と語った。 記者(58)も昭和30年代の10歳代を、いわゆる田の字型の農家で育った。父親が火箸で囲炉裏の灰に書く字を覚え、祖母には昔話を聞いた。「寄り合い」に集まる近所の人たちからは農民の生活の苦しさを聞き、戦争の話も聞いた。勉強部屋などなかったが、国語も経済も歴史も全て学んだ。 「サント住宅」が果たして現在の若年層に受けるかどうか一抹の不安はあるが、「茶の間文化」がわれわれ団塊の世代の原点にあるのは間違いない。
建物の構造について説明する松浦氏 堀之内氏(左)と松浦氏 社員の7割が団地内に居住 「古きよき街創りたい」林専務 山万専務・林新二郎氏は「新しい試みをどんどん行っていく。古きよき街も創りたい」と語っている。林氏は団地内に住んでいるが、「どこまでが仕事なのか、どこからが個人生活なのか区分けがない」ほど多忙を極める。林氏のように団地内に住む同社の社員は約7割に達する。このようなデベロッパーと分譲団地の関係は全国どこを探してもないだろう。 かつて武者小路実篤は「新しき村」を創った。実篤の言う「自分も生き、他人も生き 全部も生きる世界」がここユーカリが丘にはある。 記者は3年前、1週間泊り込みでこの団地を取材したことがある。団地内を駆け巡り、数十人から話を聞き、感動的な取材をした。デベロッパーの原点は「自分も生き、他人も生き 全部も生きる世界」であることをここで知った。 子育て支援とシニア住宅など500戸のマンションも計画 同社はこのほか、建売住宅としては初めてのアールシーコアのビッグフットを導入した共同分譲42区画を分譲する。また、ユーカリが丘線「中学校駅前」を改築、ショッピングセンターを併設するほか、子育て支援をテーマにした331戸と介護付き利用権・所有権シニア住宅200戸の合計500戸のマンションを計画している。
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(牧田 司記者 4月16日) |
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